院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

28 February

直訳的発想の限界—理解の壁を越える

 直訳的な発想の限界については,すでにこのブログや「院試塾の現場から」でも述べてきたが,「直訳派」の人たちの考えをあらためるきっかけとなると思える英文を見つけたので,紹介したい。

We long to make sense of things and often gain a sense of deep satisfaction when we are able to resolve the puzzles of life. One of the favourite activities of the Anglo-Saxons was setting riddles to while away the long northern nights. More recently, the huge popular fascination with works of detective fictions points to the continuing interest in unravelling mysteries. (Alister McGrath (2002) Glimpsing the Face of God. p.12)

下線を施した部分を,直訳派の人たちはいったい何と訳すのだろう。
 英文法をある程度深く理解していれば,下線部の意味をきちんと理解することができる。まず,fascination with ~はbe fascinated with ~の名詞化である。fascinateについては,院試塾ブログの記事でもとりあげたが,ここでは受動態で「夢中になる」と考えればよいだろう。続いて問題となるのがpopularだが,これはpeopleの形容詞形ととらえるのが適切だ。hugeは見かけ上fascinationにかかっているが,意味的にはpeopleを修飾しておりa huge number of peopleのhugeに対応する,と見てよいだろう。つまり,下線部は「たいへん多くの人が推理小説に夢中になっていること」と解釈すればよい。
 「直訳派」の人たちは,辞書に書いてある訳語と表面的な文法構造だけがわかれば解釈ができる,と考えている節があるが,今回とりあげた文はこうした方法では理解できない。この「壁」を超えたところに,英文の本当の意味が手に取るようにわかる境地があることを,少しでも多くの人に理解してほしい。
23:10:42 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

24 February

理論とは何か

 深い思考には理論が必要だと,ぼくはつねづね思っている。理論言語学という,日常的な対象を「理論の眼」を通してみる学問を学んだのが主な理由だろう。
 院試塾の指導でも,理論の重要性を説いているのだが,なかなか理解されない場合が多い。研究計画書などで,調査をすれば結果が自然とえられるような書きかたをしているときに「理論的視点を持ちましょう」という指摘をすることも多いのだが,ピンとこないようだ。
 ちょうどこんなことを考えていたときに「理論とは何か」をごく簡単に説明した英文に出会ったので,紹介したい。

A theory is more than a definition; it is a framework that supplies an orderly explanation of observed phenomena. A theory should help things make sense rather than create obscurity through jargon and weighty words. It should systematically unify and organize a set of observations, building from basic principles. ... Theories have practical consequences, too, guiding us in what we value (or dislike), informing our comprehension, and introducing new generations to our cultural heritage. (Cynthia Freeland (2001) Art Theory: A Very Short Introduction.)

 この見解によれば,理論とは:

  1. 観察した現象を整理して説明するための枠組みであり,

  2. ものごとが意味をなすようにするもので,

  3. 基本的な原則から出発して,観察対象を体系にまとめ構成するものである。


 確認しなければならないのは,単なる観察からえられるのは,いわば「無秩序」なものでしかない,ということだ。ここから秩序を読み取り,有益な一般化に到達するためには,理論という「視点」ないしは「枠組み」が必要なのだ。
 「理論」というと何か非常に高度で難しいものを想像するかもしれないが,必ずしもそうではない点にも注意したい。観察結果に優先順位をつけるだけでも,何らかの視点は必要で,これも理論なのだ。もちろん,理論科学においてはもっと高度で複雑な定義を採用するのだが,本格的な学問研究に着手しようとする時点では,研究の基本姿勢,程度に考えておいても良いだろう。
 もう1つ注意しておきたいのは,jargon and weighty wordsは理論の必須要素ではない,という点だ。こうしたものを無批判に習得することが理論を持つことだ,と考えているとしたら,それは大きな間違いである。
15:59:40 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

04 February

学問的思考の基本を学ぶ—『知的複眼思考法』

 学問的思考法の基本は本来大学で身につけておくべきものである。しかし,大学でこうした基本が身についていない人が多いのも現状だ。
 そんな人にぜひ読んでほしい本がある。苅谷剛彦『知的複眼思考法—誰でも持っている創造力のスイッチ』(講談社+α文庫)である。この本は,苅谷自身の言葉を借りれば「自分なりの問題を立てるにはどうすればよいのか。立てた問題をどのように展開していけば,それまで隠れていた新しい問題の発見につながるのか。そして,何よりも,どうすれば,ステレオタイプにとらわれない『自分の頭で考える』視点を得ることができるのか。自分で考えるためのこうした方法を,わかりやすく解説したテキスト」である。
 大学院入学のための研究計画書を指導していて,本当に残念なことだが,「自分なりの問題」を立てる段階で四苦八苦する受講生が多い。ついにはこの段階で投げ出してしまう人もいる。大学で一生懸命勉強していたから自分は大丈夫,と思う人もいるだろうが,実のところそうではない。現代の大学では,「知識を整理してわかりやすく教える」ことに重点が置かれることが多く,本当に自分で考える力は身についていない可能性も十分にある。問いも答えも,問いから答えにいたるプロセスも,すべてが与えられることも実に多いのが現状だ。一見,これは非常に「親切」に思えるかもしれない。大学生だけではなく,教員にもこう考えていると思われる人がいる。しかしこの結果,「自分で考える力」,なかでもとりわけ,「自分なりの問題」を立て,その問題の解決に向けて自分なりに進んでいく力をきちんと身につけられなくなっているのではないだろうか。
 「自分なりの問題を立てる」ことについて,この本はどのように教えてくれるか。特にぼくが重要だと思う点を拾い出してみたい。

 最初の「正解探し」の発想は,大学院志望者の間にも根強く見られる傾向だ。これがいけないのはなぜか。ぼくの考えでは,これが結局「教わりたがり」の発想につながるからだ。正解が明確にあって,それを知っている人がいるのなら,その人が教えてくれるのがいちばん手っ取り早い。さらには,「お金を払って通っているのだから教えてくれるのが当然」という発想にまでつながる。しかし,それでは「自分で考える」力はつかない。これから脱却することが,まずは出発点なのである。
 2番目に挙げた,問いのブレイクダウンという作業は研究課題を明確にするうえできわめて重要である。出発点となる疑問は,抽象的,全般的すぎて簡単には答えられないものである場合が多い。しかし,しだいに下位課題に分解していくことで,個々の問いは答えられるものになっていく。もちろん,分解しっぱなしというわけにはいかない。研究の特に後半では,個々の問いに対する答えを統合して,全体的な課題に対する答えを出していく必要もある。
 「なぜ」という問いが重要だ,と苅谷は説く。特に因果関係に注目することによって?問いがより生産的なものになる,新しい問いが見つかるようになる,と言う。「どのように」から「なぜ」に進むことが,「調査」が「研究」になるプロセスである,とも言えるようにぼくは思う。
 最後の項目は,学問研究にかぎらず思考を進めていくうえできわめて大切だと,ぼくはつねづね感じている。「情報化社会」や「国際化社会」だから…,という議論は,たとえば大学の教育課程を検討する際にもよく出てくる議論だが,その内容を十分に検討しなければ,誤った方向に進んでいくことも多い。こうした「ビッグワード」は自分なりの定義を与えてから使うようにしなければならない。定義が人によって異なることも多いだろう。
 研究計画書を書き始めようとしてうまくいかない人に,ぜひ読んでほしい一冊である。
21:51:38 - yhatanaka - No comments - TrackBacks