院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

28 July

ひとりで学ぶということ

 学問はひとりでするものだ,というのがぼくの持論だし,それはブログにも書いてきた。しかし,これはどうも誤解されやすい考えかただ。本当に何でもひとりでしなければならないのであれば,ぼくのやっているのはいったい何なのだ,ということにもなってしまう。
 それでは,「学問はひとりでするものだ」とはどういうことか。まず,学びの「火」は学ぶ本人が燃やし続けるしかない,ということだ。学ぶ意欲はその人が持つしかない。本人が心から望まなければ,学びは成立しないのだ。
 また,少なくとも学びの場の主役は学ぶ人でなければならない。つまり,その人自身が学びの過程に積極的に関わらなければならない。整理された結果を受け取って,わかった「つもり」にはなれるかもしれないが,学びは成果で測るべきだ。つまり,どれだけ自分の「身になった」かこそを問うべきなのだ。学びを単に知識や資格の問題に矮小化してはならない。大げさに聞こえるかもしれないが学びとは考えかた,そしてひいては生きかたの問題だ。
 そして,ここに「学問はひとりでするものだ」とぼくが言うときの真意がある。本物の考えかたが身についたとき,自分でも学びが継続できるようになる。
 「ひとり」というと何か寂しげに聞こえるかもしれないが,そうではない。院試塾ではよく「サポート」という言葉を使うが,これは学ぶ人の主体性を尊重する言葉だ。また,「学問はひとりでする」と一見矛盾するように感じられるかもしれないが,学問とは対話である。対話は対等な立場で行われるものであり,独り立ちしている人,少なくともその必要性を強く感じている人とでなければ,この意味での「対話」は成立しない。
 本当の「学問」をしよう。院試塾はそれをサポートする。
21:35:09 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

23 July

英語の本を読む

 英語の本が読めるようになりたい,と思っている人は多いだろう。しかし,そう思っているだけではうまくいかない。まずは始めてみることが大切だ。ぼくの経験について少し書いてみよう。
 英語の本に本格的に取り組むようになったのは,大学1年の夏休みだ。この時,ぼくは無謀にも,1日100ページ読むことを目標とした。専門にしようと決めていた言語学の本を読むことにした。もちろん,1日100ページの目標は達成できなかったが,半分の50ページくらいは何とか読んだ。平均すると1週間に1冊といったところか。
 1冊読み終えることから得られる満足感と自信は大きく,そこではずみがついて,2冊目からはけっこう楽になった。
 英語が得意とはいっても大学1年生の英語力だから,わからないところももちろん出てくる。しかし,量的な目標があるから立ち止まってはいられない。わからないところはわからないなりに何とか自分で解釈して先に進んだ。今考えれば,これがとてもよかったと思う。少し先に進むと,そことの関連でわからなかった部分がパッとわかることがある。こうして,英文を前後関係で読むことを学んだ。
 興味のある内容を読むことも大切だ。内容が知りたいから,少々の障害があっても先に進める。語句や構文のレベルで不明な部分がところどころあっても,内容からおおよそ推測できる部分もあるし,気にせずに読み進めることができる。
 今思えば,一日中読書に充てることができるのだから,とても贅沢な時間の使いかただ。今こんなことはおそらくできないし,皆さんにそのままお勧めするわけにもいかない。しかし,たとえば1日10ページでも2〜3週間で1冊は読める計算になる。英語の本が真剣に読めるようになりたいと願うなら,今日からでも始めてみてほしい。
21:30:52 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

22 July

部分否定の「意外な」解釈

 部分否定と言えば,「〜というわけではない」が定番訳で,けっこう多くの状況が(実際の訳文に一定のバリエーションはあるにしても)この訳で処理できる。しかし,一見どうもこれではうまくいかない例に出会ったので紹介しておきたい。

... Th economics of local movie theaters are cruel and unforgiving. It's not enough that a film be good or big in Bombay. It's got to be big enough in Stamford, Conneticut, or wherever else a theater happens to be, to pull more than a couple thousand people through the door over a two-week run. Typically, that necessitates a big marketing budget, a distribution deal, and probably a star or two−if you can afford them.
Movies that don't have all that don't make it to the big theater chains. ... (Chris Anderson (2006) The Long Tail: How Endless Choice is Creating Unlimited Demand. Random House. p.128)

下線部を含む名詞句を「そのすべてを持っているわけではない映画」としてもわからないではないが,どうもしっくりこない。all thatの内容は前の段落のボールド部分だが,内容から判断して,「すべての条件が揃ってはじめて大系列の劇場で上映される」といった意味になるものと考えられる。
 なぜか? 簡単に言うなら,二重否定だからだろう。問題の文をもう一度見てほしい。Movies that don't have all that don't make it to the big theater chains.と,否定が2つある。「そのすべてを備えた映画だけが大系列の劇場で上映される」という解釈であれば,最初の否定は2番目の否定と結びついて二重否定を構成しているので,allを直接否定してはいない,と考えることができる。
 もう1つの可能性は,部分否定の原点に立ち返って解釈することだ。この「部分否定の原点」とは,部分否定は全体性を否定する,というものだ。たとえば「これで全部? 本当に?」と詰め寄られて,「いや,全部というわけでは…」というのが二重否定の基本的発想だ。これを応用すれば該当部分は,「たとえ1つでも満たせない条件があるなら」と解釈できる。
 この場合に限って言えば,どちらの可能性でもとりあえず正しい理解にたどりつく。
 ついでながら,今回の題材となっているThe Long Tailはたいへん興味深い本であり,ぼくのように小さい規模でインターネット・ビジネスをやっている者には大きな勇気を与えてくれる本だ。英語も比較的読みやすいし,英文読解のトレーニングにも向いていると思う。ぜひおすすめしたい。

18:37:46 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

研究計画書を書く本当の意味

 この時期,研究計画書が書けないと悩んでいる人は多いと思う。大学院入試に際して提出するこの書類だが,これを書く本当の意味をよく考えてみると見通しがよくなるはずだ。
 研究計画書が書けるかどうかは,その研究を大学院で行う「時」が熟しているかどうかで決まると言ってよい。つまり,その人が自分なりに研究,ないしはその前段階としての勉強を進め,1つの「限界」に達しているかどうか,大学院での研究という次のステップに進む段階に到達しているかどうかの指標なのだ。
 研究計画書を書く前にやっておくべきことは何か。言うまでもなく,自分がすべきことを明確にし,学問分野のなかでしっかり位置づけることである。このためには,自分の疑問が学問分野でどのように扱われているかを知っておく必要がある。
 もう少し具体的に説明しよう。まず,学問分野の現状を知るために,概説書を読もう。概説書を読むことで,自分の疑問が学問ではどのような言葉で語られ,どのような文脈でとらえられているかがおぼろげながらわかるはずだ。続いて,概説書の文献解題や参考文献表から興味のある文献を選んで読む。これによって,自分の疑問がだんだんと明確な「テーマ」になっていくだろう。また,そのテーマを研究するためにはさらにどんな勉強をし,どんな文献を読むべきかがわかってくる。
 このように自分なりに学びを進めていった結果,1つの「壁」にぶつかるようになる。この時こそ,より専門的に大学院で学ぶべき時だと言える。このレベルまで到達することこそ,研究計画書を書く本当の意味なのだ。
 短期間で研究計画書を書こうとする場合,上記の過程を集中的に行うことになる。そのために院試塾では「研究計画書作成指導」を行っている。メールのやりとりによって,ここで説明した過程を体験してもらい,レベルの高い研究計画書を作成するものだ。
 もしじっくり考える時間があるなら,「社会人のための大学院研究生活入門ゼミ」で徹底的にサポートする。最初は右も左もわからなかった人が,だんだんと理解を深めて研究に対する姿勢が芽生えてくるのを支援するのは,指導者としても大きな喜びだ。
09:13:49 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

19 July

創造的英文読解の過程

 英文読解とは,実はきわめて創造的な営みである。受け身でこなすのではなく,自ら積極的に英文と関わりながら意味を読み取らなければならない。今回はそうした事例を検討してみよう。

Before the Industrial Revolution, most culture was local. The economy was agrarian, which distributed populations as broadly as the land, and distance divided people. Culture was fragmented, creating everything from regional accents to folk music. The lack of rapid transportation and communications limited cultural mixing and the propagation of new ideas and trends. It was an ealier era of niche culture, one determined more by geography than affinity. (Chris Anderson (2006) The Long Tail: How Endless Choice is Creating Unlimited Demand. Random House. p.27)

下線部のgeographyをどのように解釈すべきか。残念ながら,この場合は辞書を見てもあまり参考にならない。
 このような時には文脈を手がかりに,基本的な意味からここでの具体的な解釈を求めていくことになる。1つの流れをボールドで示してある。localは「その土地の」だから,文化がある土地に限定されたものである,と言っていることになる。distance divided peopleも同様の趣旨で解釈できる。ここから問題のgeographyの意味を考えると,「地理的条件」,よりつっこんで解釈すれば「(地理的に)近くにいること」となる。
 もう1つ考えるべきは,affinityとの対比関係である。affinityは「共通点」「興味・関心が同じであること」と考えればよいから,これとの対比から「住んでいるところが同じであること」と考えればよい。もちろん,先に挙げた「(地理的に)近くにいること」と矛盾しない。
 つまり,one determined ...は「興味・関心が同じであるからではなく,同じところに住んでいるという理由で共有される文化」といったあたりに解釈できる。
 自分から積極的に「考える」ことで,英文読解のあたらしい境地が開けてくる。
14:08:08 - yhatanaka - No comments - TrackBacks