院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

26 November

学問の英語を考える

 学問の英語というと何やら特別なものと考えるかもしれないが,必ずしもそうではない。それを日本語では漢字熟語で訳そうとするから,直観的理解から離れてしまう可能性がある。これは実のところ日本の学問にとってきわめて重大な問題ではないかと,ぼくはつねづね考えている。
 1つ例を挙げよう。8月にマスコミを賑わせた,国際天文学連合(IAU)の惑星の定義に関する決議案(http://www.iau.org/fileadmin/content/pdfs/Resolution_GA26-5-6.pdf)だ。

A planet is a celestial body that
(a)is in orbit around the Sun,
(b)has sufficient mass for its self-gravity to overcome rigid body forces so that it assumes a hydrostatic equilibrium (nearly round) shape, and
(c)has cleared the neighbourhood around its orbit.

 (b)の項目は専門的な英語の色彩が強い。hydrostatic equilibriumなどというのは専門用語の典型と言ってよいだろう。enoughではなくsufficientを使っているところも,formalであるという印象を受ける。
 一方で,(c)は日常英語と同じ感覚でとらえることができるし,またそうしないとうまく理解できない。clearはclear the table(食卓をきれいに片付ける)のclearで,英英辞典の語義で言うならto make somewhere emptier or tidier by removing things from it (LDOCE)で,この文脈では特にemptierにする,というのが当てはまる。つまり,(c)をわかりやすく日本語で表現するなら,軌道の周辺に他の天体が存在しない,となる。国立天文台のWebサイトでは「自分の軌道の周囲から他の天体をきれいになくしてしまった」と訳してあるが,こう訳した人は学問の英語を堅い日本語で訳さなければならないという固定観念から自由である。
 この定義によって,冥王星は惑星ではなくなり,新たに作られたdwarf planetの1つとなった。このdwarf planetの定訳はまだないようだが,便宜的に「矮惑星」と訳されている。これは形容詞的に用いられるdwarfを「矮(小)」と訳している用語が他にあり,また名詞dwarfを「矮星」と訳す習慣があるためだろう。このdwarfの日常英語での意味は「小人」で,真っ先に連想されるのはおそらく白雪姫と7人の小人(Snow White and the Seven Dwarfs)だろう。一方,日本語の「矮」はあまり日常的に用いられる言葉ではなく,なじみも薄いのではなかろうか。
 英文解釈的に「訳」して理解するのと,英語を英語の発想に基づいて理解するのとでは,このように大きな違いが生じる可能性がある。専門的な英語は定訳が決まっているから攻略が楽だ,などと言っている人たちに,ぜひこの点をしっかりとわかってほしいものだ。
11:08:04 - yhatanaka - 1 comment - TrackBacks

14 November

英単語の覚え方—語根によるアプローチ

 単語を覚えることは,語学学習の最大の難点であり,学習し続けるかぎり問題となり続けるものだ。万能薬があるわけではないが,語の内部構成に注目すればある程度は覚えやすくなる。
 語は語根に接頭辞・接尾辞がついてできあがっていることが多い。一部の基本語彙を除く,複雑な意味を持つ語はたいていそうなっている。1つの例として,homicideという語をとりあげてみよう。この語はhomi-cideという内部構成になっているが,homi-はhomo-と同じで「人間」という意味で,-cideは「切る」→「殺す」という意味である。こうした情報は,たとえば『リーダーズ』などの英和辞典の語源記述にも見られるが,語源辞典などを活用することでえられる。瀬谷廣一『語根中心英単語辞典』(大修館書店)を見ると,「cid,ce,sciss,cis[=cut 切る,kill 殺す]」という項があり,-cideで「殺す」という意味の語根を含む語はfratricide「兄弟(姉妹)殺し」,insecticide「殺虫剤」,genocide(人種,国民などの)大量虐殺」,homicide「殺人」,matricide「母殺し」,patricide「父殺し」suicide「自殺」が挙がっている。これらは以下のように図示することができる。

これにherbicide「除草剤」やpesticide「殺虫剤」を加えることもできるだろう。電子辞書の英和辞典を「後方一致検索」することで,さらに関連する語を探すこともできる。
 ネットワーク思考でさらに広く単語を整理することもできる。たとえば,photosynthesisという語に出会ったとしよう。これをそのまま「光合成」と覚えてしまうだけではもったいない。この語はphoto-syn-thesis(「光」-「いっしょ」-「置く」)と分解できるが,それぞれの要素から関連する語を見つけていくと以下のようなネットワークになる。

 本格的な語源辞典もあるが,これを読みこなすにはある程度の専門知識が必要だ。そこで学習用の語源辞典として,小島義郎他(編)『英語語義語源辞典』(三省堂)と中島節(編)『メモリー英語語源辞典』(大修館書店)を挙げておこう。これらを活用すれば,単語力増強をより効果的に行えるようになる。暗記する必要がなくなるわけではないが,少なくともある程度の「根拠づけ」ができるようになるからだ。

17:18:09 - yhatanaka - 1 comment - TrackBacks

07 November

文章・素材・目的

 同じ素材から出発しても,目的が違えば,文章も違ったものになる。このごく簡単なことをきちんと理解しておくことは,文章を書くうえできわめて大切だと思う。
 簡単な例として,どこかへ出かけてそのことを文章にする場合のことを考えてみよう。文章の素材となる「出かけた」という事実は,とりあえず同じである。これを「報告書」にするか,「紀行文」にするか,「随筆」にするかは,書く際の目的によって異なる。極端に言うなら,目的を明確に意識しないかぎり文章は書けないのである。出張なら「報告書」で,望んでいく旅なら「紀行文」や「随筆」だ,という人がいるかもしれない。しかし,出張を題材とした紀行文も決して不可能ではないはずだ。
 同じ言語現象を題材としても,「論文」にすることもあれば「エッセイ」にすることもある。場合によっては「解説記事」にすることもあるだろう。ぼくがブログで書いているものは,「論文」を意図してはいない。
 当然,大学院入試や研究という文脈においても,文章のこうした特性は明確に意識しておくべきだ。
22:02:38 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

04 November

「本物」の実用英語

 「実用英語」という概念は,きわめてあいまいかつ恣意的に用いられていると思う。「受験英語」と対立するものとしてしか存在しない,と言ってもよいのではないかと思うほどだ。就職のためにTOEICなどの点数を上げたい,という目的を持っている人も多いだろうが,これなどは「実用」という言葉が一人歩きしている好例ではなかろうか。
 また,楽しく楽に学べるのが実用英語だ,という固定観念もある。たしかに,本当にその人にとって実用となるのであれば,それはある意味「楽しい」はずだ。また,外国語学習がつらく厳しいものであるとはかぎらない。しかし,本当の「実用」にたえる英語力を身につけるのは,必ずしも楽なことばかりではないし,ある程度の苦労も必要だ。
 また,「実用英語」と「英会話」や「時事英語」を混同する向きもある。しかし,はたしてそれが自分にとって本当に「実用的」であるかどうか,しっかり見きわめる必要があるのではないか。
 煎じ詰めれば,実用英語とは自分がある目的を達成するために必要な英語,ととらえるのが適切だろう。大切なのは「実際に用いる」ことができる,という点だ。だから,もし旅行に行って自由に英語が使えるようになりたい,というのが本当の目的であれば,しっかり英会話を学べばよい。しかし,旅行で生じるさまざまな状況に,本当に適切な対応ができるだけの英語力をつけるには,相当の努力と訓練が必要だ。また,いわゆる「旅行英会話」だけではここに到達するのは難しい(1つの過程として旅行英会話を学習すること自体を否定するわけではない)。また,いろいろな興味や必要からCNNを英語で視てそのまま理解するだけの力をつけたい,というのであれば,その方向で徹底的に訓練し学習すればよい。ただ,CNNの報道内容の根底にある内容にまで踏み込む必要があり,いわゆる「時事英語」の学習だけですむものではない。
 ある人にとっては,仕事のために英語の文章を読むことが「実用」であるかもしれないし,映画が字幕なしで視られることも,ウィスキーの本が英語で読めるようになること(ぼくの楽しみの1つだ)も,それが目的であれば「実用」なのだ。最近のぼくは,宇宙関係のDVDを英語で見ている。これも「実用」だが,そこで用いられる英語は相当高度だし,学術的な語句や表現もたくさん出てくる。
 このように考えると,結局は英語をしっかり深く学ぶことが「実用」につながることがわかるはずだ。ぼくがいわゆる「実用英語」に拒否反応を示すのは,その根底に切り捨ての論理が見え隠れするからだ。自分が学びたいのは実用英語だから,文法は必要ない,こんな単語や表現は知らなくてよい,…,といったように。しかし,込み入った内容を英語で理解したり表現したりするためには,本当の意味での英文法を身につけることは必要不可欠だ。たしかに,この点でいわゆる「受験英文法」の不備は認めざるを得ない。しかし一方で,「実用英語」と称してTOEICなどの多肢選択問題を1問1答形式で学ぶのは本末転倒である。
 自分が英語を学ぶ真の目的をしっかり見きわめ,そこまでの過程を明確に意識すること。本当の「実用英語」の学習はそこから始まる。
22:30:34 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

レアリアとしての聖書—善いサマリア人の譬え

 英語で書かれた文章で,表現や文脈などがキリスト教の聖書に根ざしていることがある。ぼく自身はキリスト教の信仰を持っているわけではないが,こうした理由で聖書についてある程度は学んでいる。
 以下の引用は,見知らぬ人に施しをして見返りを求めず,その分助けを必要とする別の見知らぬ人に施しをしなさい,という内容の文章に続く内容である。先行文脈についてはぜひ原文を参照してほしい。

On several occasions when I have thought about the story of the Good Samaritan, I have wondered about the rest of the story. What effect did the charity have on the man who was robbed and beaten and taken care of by the Good Samaritan? Did he remember the cruelty of the robbers and shape his life with that memory? Or did he remember the nameless generosity of the Samaritan and shape his life with that debt? What did he pass on to the strangers in his life, those in need he met? (Robert Fulghum (1994) All I Really Need to Know I Learned in Kindergarten: Uncommon Thoughts on Common Things. p.155)

 ここに登場するthe Good Samaritanについて調べたいとしよう。まずは一般の英英辞典を引いてみる。学習用の『ジーニアス英和辞典』では,Samaritanの項に「〔聖書〕[しばしばgood 〜] よきサマリア人(ビト);困っている人に親切な人」とある。とりあえずこれで最低限の知識は得られるが,第2文以降の内容はこれだけだとあまりピンとこない。また,聖書にあたって調べようとしても,単に聖書用語であることを示してあるだけでは,具体的に調べていくことはできない。学習用辞典だけにしかたないかもしれないのだが(なお,『プログレッシブ英和中辞典』には聖書の参照指示がある)。
 続いて『リーダーズ英和辞典』を引いてみよう。こちらはgood Samaritanが独立見出しとなっており,1が「[the 〜]【聖】よきサマリア人(びと)《苦しむ人の真の友; Luke 10:30‐37》」となっている。2には「困っている者に援助の手を差し伸べる憐れみ深い[親切な]人」とある。1の聖書の参照指示が重要で,これがあるから実際に聖書の該当箇所を調べてみることができる。
 それでは,実際に聖書の該当箇所を見てみることにしよう。新約聖書の「ルカによる福音書」第10章第30〜37節(新共同訳)である(引用にあたって,節番号は省略した)。

イエスはお答えになった。「ある人がエルサレムからエリコへ下って行く途中、追いはぎに襲われた。追いはぎはその人の服をはぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま立ち去った。ある祭司がたまたまその道を下って来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。同じように、レビ人もその場所にやって来たが、その人を見ると、道の向こう側を通って行った。ところが、旅をしていたあるサマリア人は、そばに来ると、その人を見て憐れに思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、包帯をして、自分のろばに乗せ、宿屋に連れて行って介抱した。そして、翌日になると、デナリオン銀貨二枚を取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『この人を介抱してください。費用がもっとかかったら、帰りがけに払います。』さて、あなたはこの三人の中で、だれが追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか。」律法の専門家は言った。「その人を助けた人です。」そこで、イエスは言われた。「行って、あなたも同じようにしなさい。」

聖書のこの箇所を読んでみることで,最初の引用文の内容がより具体的にわかるようになる。もしより深く知りたいと思ったら,説教集などの該当箇所を読んでみてもよいだろう。
 なお,朝日出版社『表現解説 最新日米口語辞典』(『E-DIC』CD-ROMに収録)では,「義侠心」の項にこの表現が挙がっていて興味深い。
 なお,こうした背景知識のことを総称して「レアリア」と言う。千野栄一『外国語上達法』(岩波新書)にはこのレアリアを扱っている章があり,そこに以下のような記述がある。

シェークスピアについての評論を読む場合,シェークスピアを読んだことがあるかないかはその理解に大きな差が出てこないわけにはいかないし,機械を扱ったことのない人が機械のことを聞いても読んでも分からないところのあるのはそのためである。自分の知らない内容にいて聞いたり読んだりしたとき,その理解が大変であることは母語でも同じだとはいえ,それが外国語ともなれば余計に困難の度が加わることになる。(pp.191-2)

 こうした知識は,その都度興味を持って調べることでしか身につかない。

16:42:15 - yhatanaka - 1 comment - TrackBacks