院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

16 December

名詞化をほどく—シンプルな文で考えてみる

 名詞化をほどいて考えることは,学術英語などの抽象的な英文を読むうえできわめて大切で,これについては院試塾でも「学術英語の読解」というページを設けて説明している。今回は,Truth does not guarantee relevance. (Alister McGrath (2002) Glimpsing the Face of God: The Search for Meaning in the Universe. p.34)という文を例に考え見よう。
 まずはtruthから。基本的に名詞化には2通りの解釈がある。動詞を名詞化した場合には「過程読み」と「結果読み」という呼びかたをしたりするが,要するに「〜すること/〜であること」と「〜したもの/〜であるもの」ということで,前者がより抽象的,後者がより具体的なものと考えればよい。前者は抽象名詞,後者は可算名詞となる場合が多い。truthに即して言うなら,前者の読みは「真実であるということ」,後者は「(個々の)真実」となる。英英辞典(LDOCE)の定義を借りると,前者はthe state or quality of being true,後者はthe true facts about something, rather than what is untrue, imagined, or guessedとなるが,より簡潔かつわかりやすく言い換えると,前者はthat something is trueということであり,後者はwhat is trueとなるだろう。
 上の文ではtruthが不可算名詞となっており,抽象的な「真実であるということ」と解釈することができる。
 relevanceはどうか。とりあえず,relevantであること,ととらえることができる。英和辞典(『ジーニアス』)でrelevanceを引くと「(当面の問題との)関連(性);(社会的)適合性[妥当性]」となっているが,もとの形容詞relevantのほうを引いてみると,「[当面の問題と](密接な)関連がある[to];適切な,妥当な;実際的な価値[重要性]を持つ」となっていて,この文脈で適切と思われる「重要である」という解釈にたどりつくことができる。このように,名詞をただ引いただけでは得られない情報が,もとの形容詞などを引くとえられるのも,名詞化をほどいて考える効果である。
 ここまでの考察から,上の引用文は「真実であることは重要であることを保証しない」となる。これでも十分わかる訳にはなっているが,さらにつっこんで考えてみよう。guaranteeを辞書で引いてみる。『プログレッシブ英和中辞典』を見ると,Diligence guarantees success.「勤勉なら成功は間違いない」という用例があり,「保証する」から踏み出した解釈の参考となる。さらにLDOCEの語義にto make it certain that something will happenとあり,『プログレッシブ』の解釈がよりわかりやすくなる。上の引用文では否定になっているから,「AだからといってBであるとはかぎらない」ととらえれば,「真実が必ず重要であるかといえば,必ずしもそうとはかぎらない」ととらえることができる。「真実は関連を保証しない」としたのでは意味のよくわからない英文が,このように自分から積極的に働きかけることによって「すんなりわかる」ものとなるのだ。
13:04:58 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

12 December

難しくない,複雑なだけ

 タイトルの言葉は,ぼくが非常勤講師として教えている専門学校で担当しているクラスの,担任の先生のものだそうだ。その先生の口から直接聞いたわけではなく,学生から間接的に聞いたものだ。
 すばらしい,の一言に尽きる。学ぶという営みの基本姿勢をみごとに言い当てている。「難しい」は多くの場合「拒絶」や「放棄」のために使う言葉だ。『新明解国語辞典』(第五版)には,「手間がかかって,いやだ」という語釈があるが,特に近頃はこの意味で「難しい」ということが多いのではなかろうか。なお,『新明解』には4つの語義が挙がっているが,そのうち3つに「手間がかかる」という語が含まれている。
 これに対して,「複雑な」ものごとはたしかに入り組んではいるが,解きほぐしていくことによって理解することができる。もちろんこれだって手間がかかっていやだという人がいるかもしれないが,だったら勉強なんて止めてしまったほうがよい。そもそも,こんな面倒で手間がかかることをわざわざしなくても,義務教育を終えていれば生きていくうえで問題はない。望んでやるのであれば(理論的には,高校以降はオプションである),面倒で手間がかかるのは承知のうえのはずだ。
 英語で「難しい」はdifficultないしはhardである。hardは本来「力を込める」という意味で,力を込めると堅くなって崩すのが困難になる,という派生過程を経ている(『英語語義イメージ辞典』)。「固い」という意味での反意語はsoftだが,軟らかいものばかり食べていてはあごが鍛えられない。頭だって同じではなかろうか。
 一方「複雑な」にはcomplex / complicatedが対応する。前者は多くの要素から成り立っている,というのが基本的な意味で,後者にはその要素の相互関係が相当密接である,という含意がある。なお,complexには「複合体」という名詞の意味・用法もある。
 英語は難しいと考えている人は多いと思う。しかし,ぜひ「難しくない,複雑なだけ」と考えてみてほしい。英文法の基本をしっかりと理解していれば,複雑な文構造もほどいて考えることができる。語法表示や例文まできちんと検討するという辞書の使い方を習得すれば,一見難しい語句も解釈できる。
 研究計画書について言うなら,いきなりきちんとした文章を書き上げようとすると「難しい」が,最小限のことを書き,そこから具体的に展開していけばそう難しくはない。もちろん,たくさんの要素を,関係を十分に考えながら記述しなければならないのだから,「複雑」ではある。
 「難しくない,複雑なだけ」この言葉を支えに,学び続けていこう。
20:32:37 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

11 December

研究計画書とは対話の産物である

 研究計画書は3層の対話によって生まれる。自己との対話,先達との対話,読み手との対話である。
 まずは自己との対話から始まる。自分が何を知りたいのか,それは何のためか,などについて,もう1人の自分に問いかけてみることが,研究の第1歩である。
 次に必要なのは先達との対話だ。研究という文脈において,この「先達」とは先行研究を意味する。この対話を通じて,どのように研究を進めていけばよいかがわかる。同じ対象について考えてきた人たちの言葉に耳を傾け,それにしたがって自分の考えを整理して次の疑問を持ち,また先達の言葉に耳を傾ける。場合によっては,自分の求めていた答えが見つかることもあるだろう。この場合には,ここで止まってしまうのでなく,さらに考えを突き詰めていくことで,もっと先に進めることも多い。
 研究計画書の場合には,さらに読み手との対話も必要だ。ここで言う「読み手」とは,志望大学院(の教員)である。自分のしたい研究をするのにいちばん適切なのはここですか,と問いかけながら考えることも大切だし,私についてあなた(=大学院)が知りたいのはこういうことですか,と考えることで,本当に書くべきことが何かが見えてくるはずだ。
 しかし,ここまでの対話はいわば「仮想」のもので,本当に1人で進めていくのはたいへんだと感じる人も多いだろう。そう感じて悩んでいる人のために,電子メールという限られた手段ではあるが対話の相手となるのが,ぼくの仕事である。
 以上を図解にまとめておいた。
13:15:33 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

本質を求め続ける学び

 何のために学んでいるのだろうか。何のための教育なのだろうか。そんな疑問を感じることが多い。
 かく言うぼくも,インターネット上で大学院入試のための「予備校」を運営している。しかし,「院試塾トップページ」でも書いているように,知の生産者たる大学院生を創ることを目的としている。
 学問の,あるいは勉学の本質とは何か。実はまったく難しいことではない。たとえば英文を読むのであれば,その内容を十分に理解し,自分で役立てることだ。このために必要なのは,自分の持っている知識や理解を総動員して,目の前にある英文とひたすら格闘し,その内容を最大限自分のものにしようと思うことだ。そして必要に応じて,自分の知識・理解の不足は辞書と文法書で補えばよい。
 「どうやったら短時間で読めるようになりますか」という質問を受けることもある。しかし,この問いに対する単純な答えなど,はたしてあるのだろうか。「どうやったら短期間で合格点が取れるようになりますか」というならまだわかるが,これすら,「合格」があくまで中間目標にすぎず,その後に広がる知の世界で十分な鍛錬を積むのが本当の目標であり,英語を学ぶこともそのために必要なことの1つである点をふまえていない問いである。
 こうした問いの問題点は,「方法」に重点を置いている点だ。世間一般でも,「勉強の方法が間違っている」とか「効率のよい勉強をしなければいけない」といったように,方法を問題にすることが多い。しかし,ここでよく考えてみてほしい。目の前の英文の意味を理解することこそ真の目標である。そのために本当に必要な訓練とは何か。やはり,目の前の英文と力の限り格闘することではないだろうか。
 もちろん,一人で孤独に戦い続けなければならないわけではない。スポーツ選手に信頼できるコーチがいるように,また何事においても師匠と言える人がいたほうが心強いように,勉学にもまたこうした存在がいれば,一人ではできないこともできるようになるだろう。しかし,コーチや師匠の言うことをロボットのように忠実に実行すればその域に達することができるか,というとそうではないはずだ。そうした指導を受けながら,自分でことの本質をつかみ取ろうとすることが,本質に到達できる唯一の道ではないか。ぼくもそう信じて,日々指導を行っている。
12:48:30 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

02 December

知的生産の基礎

 院試塾や大学,専門学校などでの教育活動でつねづね感じていることだが,知的生産の基礎をきちんと教育する必要がある。率直に言って,基本的なスキルがきちんと身についている人はあまり多くない。
 知的生産の基礎とは何か。資料を正確に読み,自分なりの考えを持ちながらその内容を批判的に検討し,トピックに対する自分の考えを文章として述べ,必要に応じてその内容を口頭で発表できる,ということだろう。
 そもそも,資料を読むことは知的生産活動の基礎中の基礎だが,ここですでに引っかかる人も多い。設問攻略中心の「現代文」読解教育のせいかもしれないが,文章を文章として素直に読めない人もいる。未知の内容をある程度含む文章をきちんと読んでその内容を理解できなければ,知的生産などとうていおぼつかない。
 とはいっても,わからないわからないと思いながら何度も読んでみたところで,このわからない状態から脱却できるわけではない。そこで提案したいのが「図解しながら読む」ことだ。久恒啓一氏の言葉を借りれば「図読」である。図読を行うことで,文章の表面的な難しさに惑わされることなく,キーとなる概念とその関係に集中して読むことができるようになる。
 また図読によって,資料を批判的に検討できるようになる。ただ読んでいるだけだと,文章の内容と自分の考えとのすりあわせを行うことは難しくなる。しかし,キーワードのその関係に着目しながら図解することで,より疑問を持ちやすくなる。疑問を持って読むことは,批判的検討の第一歩である。
 このように資料を読めば,その内容をふまえて自分の考えを述べることもやりやすくなる。資料を読む際に作成した図解に,自分の疑問や考えを書き加えていくことで,アイディアがまとめやすくなる。この図解を説明するつもりで文章を書けば,小論文を作成することもできる。
 さらに,この図解をプレゼンテーションに活用すれば,箇条書きテキスト主体のプレゼンテーションから脱却でき,いいたいことをわかりやすく口頭発表できるようになる。
 この考えを講座として今回具体化した。「知的生産基礎総合ゼミ」である。図読+小論文+プレゼンテーションを,『日本の論点』の論文をもとに行うものだ。

17:36:57 - yhatanaka - No comments - TrackBacks