院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

23 September

disclaimer

 テレビでよく「CM上の演出です」「マネをしないでください」「この物語はフィクションであり…」といったものを見かける。これを英語ではdisclaimerと言う。もとの動詞disclaimは「〜に対する責任を認めない」という程度の意味で,辞書を見ると「免責条項」という訳語が見つかる。たしかに上で挙げたようなものも「免責条項」と言えるだろうが,少し堅すぎるようにも感じる。「おことわり」といったところだろうか。そもそも,日本語でこうしたものを正式にはどのように呼んでいるのだろう?
21:08:04 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

21 September

「やりたいこと」探し

 「やりたいことが見つからない」と言う人が,子どもから大人までいる。もちろん,将来の夢が見つからない子どもと,たとえば大学院入試を前にして研究テーマが見つからない大人とではずいぶん違う部分もあるが,ぼくにとっては同じように不思議なことである。
 ぼくにとって「やりたいこと」は「やらずにいられないこと」である。しかもそれは「見つからない」ものではなく,「ありすぎて困る」ことだ。英語を軸に活動しており,今でも英語についていろいろ知りたいことがあるから,調べたり勉強したりしている。研究や仕事に関して,フランス語の文献が読めると何かと便利かなと思い,フランス語も勉強しているが,高校生の頃からフランス語に興味があって,NHKのラジオ・テレビなどで勉強していた。学生時代の専門であった言語学も,大学に入るのが待ちきれずにやはり勉強していた。最近では,日本人の「カミ」や「あの世」などに関する考え方に興味があり,神道や日本民俗学についても学んでいる。さらには,いろいろな必要もあって数学も少しずつ勉強している。
 いろんなことに手を出しているから,1つ1つの進みは遅い。一進一退という感じすらすることがある。しかし,自分のやりたいことだからやる。それだけだ。だから,「やりたいことが見つからない」というのはどうにも不思議なことなのだ。
 なぜ「やりたいことが見つからない」のか。学校で問題を与えられるのに慣れていることが挙げられるかもしれない。流行の影響も大きいのではないか。自分から「やりたい」と思わなくても,そう思うべき対象はいくらでも与えられる。自分から本当に何かを「やりたい」と思う前に,「やるべきこと」「やりたいはずのこと」が与えられるのだから,自分から何かをしたいという気持ちが弱くなってしまうのだろうか。
17:19:18 - yhatanaka - 1 comment - TrackBacks