院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

25 April

行為者名詞の解釈

 動詞から派生して-erや-orで終わる英語の名詞を,日本語で「〜者」や「〜手」という複合語で訳すというのは,誰が考えたのか知らないが,とても不幸な伝統ではないかと思う。たとえば,Freakonomics (p.150)には[M]ost of us are ... terrible risk assessors.というのが出てくるが,このassessorを「評価者」として,はたしてきちんと理解できるのか。「ほとんどの人はリスクを見積もるときに大きく外すものだ」というくらいの意味だ。riskがもとの動詞assessの目的語に相当することや,terribleが意味的にはやはり動詞assessを修飾している点などに注目するためにも,「〜者」といった訳しかたはやめたほうがよい。
 She is a beautiful dancer.という一見単純な文でも注意が必要である。「彼女は美しい踊り子だ」という訳は,この文の意味の一面を表したものにすぎない。まず,beautifulの解釈があいまいである。1つの解釈は,名詞dancerを修飾していて,dancerの容姿を表しているというもので,もう1つは,意味的に動詞danceを修飾していて,踊りが美しいと言っているというもの。また,「踊り子」は多くの場合職業を表すが,英語のdancerはそうとはかぎらない。
19:17:00 - yhatanaka - 1 comment - TrackBacks

17 April

different from 〜とdifferent than 〜

 different than 〜という形は単にdifferent from 〜のバリエーションだと考えられがちだが,実は機能が異なる部分がある。まずは以下の引用を見てほしい。

Of course an expert, whether a woman's health advocate or a political advisor or an advertising executive, tends to have different incentives than the rest of us. (Stephen D. Levitt and Stephen J. Dubner (2009) Freakonomics: A Rogue Economist Explores the Hidden Side of Everything. p.88)

 もしfromを使うとすれば,強調部分はdifferent incentives from those of the rest of usとなるはずだ。これは,比較の対象を揃えなければならないのと同じことである。一方,thanは接続詞で,比較構文で用いる場合と同様,共通部分の削除・省略が生じる。上の引用でも,than the rest of us haveと考えればよい。
21:07:02 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

11 April

読解とは,翻訳とは,きわめて創造的な営みである

 外国語で書かれだものを読解すること,そしてそれを母国語に訳すこととは,けっして機械的な操作・作業ではなく,きわめて創造的な営みである。これは何度も述べてきたとおりだ。以下の引用の最後の文の意味をどんな日本語で表せばもっとも効果的か,考えてみてほしい。

One of the attributes previously thought to be unique to humans was toolmaking. That notion went by the board as soon as it was discovered, in the 1980s, that chimps in east and central Africa could use moistened sticks to fish for termites. One West Lowland Gorilla in the Republic of Congo, a male named Kola, has learned to test the electric fence surrounding his forest reserve by holding a grass stem up to the wire. The stem will conduct a bit of current, enough to show Kola the fence was turned on, but not enough to give him a shock. Not all humans would be able to do this. (Michael Hanlon (2007) 10 Questions Science Can't Answer (Yet). Macmillan. p.32)

いわゆる「英文解釈」的なポイントとしては,not allの部分否定と,仮定法のwouldに注目しておけばよい。しかし,機械的な置き換えでは,この文の本当に言いたいところはつかめない。「ピンとくれば」,こういう訳ができるはずだ。「人間だって,みんながみんなこんなことができるわけではない」
23:02:18 - yhatanaka - No comments - TrackBacks