院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

30 April

名詞化と形容詞―高度な英文読解力を目指す

 高度な英文読解力を身につけるうえで,名詞化の理解は避けて通ることができないポイントである。しかし実際には,なかなかきちんと身についていないポイントであると,院試塾での指導経験から感じている。今回は,Alister McGrathのScience and Religion: A New Introduction (2nd Ed.)から例を採って説明しよう。まずは以下を見てほしい。

Realism, as the philosopher Hilary Putnam (born 1926) and others have argued, is the only explanation of scientific theories and concepts which does not "make [A]the success of science a miracle" (Putnam, 1975, p. 73). Unless the theoretical entities employed by scientific theories actually existed and the theories themselves were at least approximately true of the world at large, [B]the evident success of science (in terms of its applications and predictions) would surely be a miracle. The argument for realism based upon scientific success can be set out like this:

  1. [C]The successes of the natural sciences are far greater than can be accounted for by chance or miracles;

  2. The best explanation of [D]this success is that scientific theories offer true, or approximately true, accounts of reality;

  3. Scientific realism is justified by [E]its successes. (p. 78)



太字のscientific successは「科学的成功」という意味ではなく,「科学が成功をおさめていること」という意味だ。つまり,名詞scienceから派生しているscientificという形容詞が,意味的に主語の役割を果たしているわけである。
 高度な英文読解力を身につけたければ,このような形容詞+名詞の組み合わせを主語+動詞に展開して読むことは必須である。さらに,scientific successが「科学が成功をおさめていること」という意味であることは,下線部[A]〜[E]と関連づけることによってもわかる。
 いちばん単純にわかるのは[A]であろう。「成功する」という意味の動詞succeedは自動詞で,これから派生した名詞successがofの句をしたがえている場合,ofに続く名詞は主語に対応する。scientific successがこれを承けていると考えれば,形容詞scientificも主語に対応すると考えることができる。[B]ではこれに形容詞evidentが加わっているが,このevidentはsuccessを修飾しているので,名詞化をほどいて考える際には副詞に対応すると考えるのが基本だ。つまり,science has evidently succeeded,ないしはit is evident that science has succeededととらえればよいのである。
 [C]はsuccessが複数形になっているので,自然科学が成功したと言える個別・具体的な例の集まりを指していると考えることができる。また,形容詞great「(数が)多い」と結びついているので,複数形にする必要があるのだ。ただし,この複数形はどうやら個別・具体例をあまり強く意識したものではないのではないか,と見ることもできる。というのは,[D]ではこれをthis successと単数で承けているからだ。もちろん,[D]は[C]を飛び越えて太字部分を指していると考えることも可能であるが,this successとthisを使っていることから,前の個条書きの内容を承けていると考えるのがより自然であろう。
 [E]はits successと所有格をともなっている。所有格も主語に対応する要素を示す形の1つで,これもthe success of scienceと同様にとらえることができる。
 同じ本から,もう少し複雑な例を見てみよう。

 The dialogue between science and religion often proceeds on the assumption that there is a shared commitment to an external world, which the human mind is able to discern and represent, to some limited yet significant effect. The term "realism" is generally used to refer to a group of philosophies which affirm that an external reality exists, and that the human mind is able to copy or represent this. So why has realism been so influential in the natural sciences? The best way of approaching this question is to ask: what are the philosophical implications of [A]the explanatory successes of the natural sciences? And what, if any, are the implications for theological statements? We shall be exploring these questions throughout the chapter.
 [B]The remarkable explanatory and predictive successes of the natural sciences are widely held to point to the actual existence of the independent reality of what they describe. Airplanes fly, and they fly, at least in part, on account of the relation between pressure and kinetic energy first set out by Daniel Bernoulli in 1738. Television and radio work, at least partly on account of the predictions made by James Clerk Maxwell's theory of electromagnetic radiation, first set out in 1864. A long list of technological developments, widely regarded as essential to modern western existence, can be argued to rest upon the ability of the natural sciences to develop theories which may initially explain the world, but subsequently allow us to transform it. (p. 76)

 2箇所の下線部の検討に入る前に,この英文をよく読んでみてほしい。直訳主義的に解釈しても意味不明にしか思えないだろう。本物の英文読解力,とりわけ学問に必要な読解力とは,こうした英文を読みこなして正確に理解し,なおかつ自分の研究に役立てることのできる力なのだ。その力は,このような本格的な英文と「格闘」することによってのみ育むことができる。
 それでは[A]から考えてみよう。形容詞explanatoryと名詞successはどのような意味関係にあるだろうか。この例の場合,先に見た方法,つまり形容詞を副詞としてとらえなおすという方法では,あまり見通しがよくならない。the natural sciences have explanatorily succeededとしても,あまりピンとこないだろう。このような場合,もう1つの可能性として,典型的な連語関係との関連で考えるとうまく解釈できることがある。そして実際この場合も,the natural sciences have succeeded in explaining ...とするとすっきり理解できる。explainの目的語が直接示されていないが,これは文脈から補って考えることになる。なお,複数形の解釈はすでに説明したとおりである。
 [B]はさらに形容詞が複雑に絡み合っている。まず,remarkable ... successesとexplanatory and predictive successesとは別々に考えたほうがよい。remarkableとexplanatory / predictiveとは異質な意味を持つものであるからだ。explanatoryについてはすでに見たから,これを応用して,succeed in explaining ... and predicting ...と考えればよい。remarkableのほうは程度を表しており,こちらは副詞に転換してsucceed remarkablyととらえることができる。[B]全体は「自然科学が説明したり予測をしたりするうえできわめて大きな成功をおさめていること」となる。
 この他,3点ほど確認しておこう。第1段落にthe philosophical implications of the explanatory successes of the natural sciencesという部分がある。このphilosophical implicationsは「哲学的影響」と理解するだけでは不十分で,「哲学に対する影響」と解釈する必要がある。これは,第1段落最終文のthe implications for theological statementsと照らしあわせて考えればわかる。「哲学に対する影響」「神学に対する影響」という並行関係があるわけだ。
 2つ目は第2段落第1文のthe actual existence of the independent reality of what they [=the natural sciences] describeの部分である。「自然科学が記述するものの独立する実在の実際の存在」などとしても,まったく意味不明である。まず,independentは「〜から独立している」という意味が基本なので,「何から独立しているか」と問うてみるとよい。自然科学とは独立して,という意味だと理解できるだろう。つまり,the independent reality of what they describeは,自然科学が記述するものが,自然科学とは無関係に実在すること,と解釈できる。the actual existenceはそれが現象として確かめられる形で存在していること,ということになる。これだけではまだあまりピンとこないかもしれないが,後続の2つの例とつきあわせてみると,だんだんと「見えて」くる。
 最後は第2段落最終文のthe ability of the natural sciences to develop theoriesに注目しよう。abilityは形容詞ableを名詞化したもので,to develop ...は名詞形によって「継承」されたものである。ofが主語を表すのはこれまでに見たものと同じなので,この部分はnatural sciences are able to develop theoriesと展開して解釈できるわけだ。
 このように丹念に読む作業をできるかぎりすばやく行えることが,本当の英文読解力なのだ。
19:20:51 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

05 April

「主食」の考えかた―東西の違い

 たまに本式の(と言っても,しれたものだが)西洋料理を食べると,「主食」とはいったい何だろうか,と思う。日本ではコメが主食で,西洋ではコムギやライムギで作ったパンが主食だ,というなら話は単純だが,いろいろ考えはじめると,そう単純にはすまなくなる。
 一時期よく行っていたドイツ料理店(ドイツ人きょうだいが経営)での話。この店の「掟」の1つが,「パンは食べなくてもジャガイモは食べる」というものである。この店の料理にはジャガイモの付いているものといないものがあって,付いているものに加えてパンを頼むのはOKだが,付いていないものにはパンではなくジャガイモを頼むよう,強く勧められるのだ(実際にはほとんど強制!)。追加で頼むこのジャガイモ(揚げ焼き風とでもいえばよいだろうか)は1皿でそれなりのボリュームがある。これに対してパンのほうは,ライムギの薄いもので,日本人の「主食」観からすると,何とも頼りない。ドイツの主食の代表格はジャガイモだとも言えるわけである。
 フランスではコメを付け合わせにする。フランス語を学ぶと,コメ(riz)は野菜(legume※アクサン省略)の1種だと教わる。日本人には奇異にも思えるのだが,たとえば「ビーフストロガノフ・バターライス添え」(正式なフランス料理なのだろうか…)を注文すると,(店による違いもあるかもしれないが)バターライスはまるで付け合わせのマッシュポテトかコーンのようにして添えられている。これを実際に目にすると,コメが野菜に分類されるというのも納得できる。日本ではこれをメインにして,ライスかパンが付いてきたりする。この時のライスは「主食」である。
 中国料理ではコメもコムギ(麺や点心)も食べるが,例えばギョウザをおかずにしてご飯(コメ)を食べる習慣はない,と聞いたことがある。ギョウザの皮はたしかにコムギで作るわけだが,日本人の目から見ると,主食としては何とも心許ない。中華まんじゅうの皮はこれに比べればずいぶんと満足感があるものの,われわれからするとまんじゅうはどちらかと言うとおやつである。
 これらと比べると,日本の食文化はとにもかくにも主食中心主義であり,コメのご飯を食べるためにおかずが存在する。「炭水化物絶対主義」と言ってもよいほどだ。とりあえずご飯に味噌汁と漬け物があれば,「食事」が成立する。「メインディッシュ」がタンパク質である西洋とは好対照をなす。ある行為に使う「ネタ」のことを「オカズ」と言ったりするが,これも「主食」にあたるもののほうが絶対的存在であることを強く示唆する表現だと言えるだろう。
21:37:34 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

04 April

結果を表す副詞用法のto不定詞

 to不定詞の副詞用法の1つとして,「結果」を表すものがある。高校で学習したころから若干「あれ?」という気持ちがあったのだが,いまだにおさまりが悪いように感じる。説明の歯切れがよくないと思われるのと,慣用表現であるonly to Vやnever to Vに重点が置かれすぎではないかと感じるのとである。この慣用表現以外の例文はほとんどがShe grew up to be a famous actor.といったものではないだろうか。
 そもそもこの「結果」の意味は,「目的」の意味と区別がつけにくい場合がある。「目的」の場合,to不定詞が修飾する内容は,主語の意志でコントロールできるものでなければならない。「〜するために…する」という意味を表すのだから,当然といえば当然である。「結果」の場合には,基本的にその制約はない。
 「目的」にしても「結果」にしても,toがもともと方向性を表すものであり,前半の動詞の表す行為がto以下に向かっていく,というイメージは変わらない。その方向性がある種の「意図性」によるものであれば目的,そうでなく,全体を眺める視点から表現していれば結果,と大まかにとらえることができるのではないかと思う。
 実際に英文読解を教えていて困るのは,一般的な文法書ではある種「偏った」とりあげかたをしているために,結果を表すto不定詞が読みとれないことがけっこうある,という点だ。この結果を表すto不定詞,特に科学英語では多く用いられているのではないか,という印象を受ける。簡単な例としては,Oxygen and hydrogen combine to form water. (OALD8)というのがある。実はこのA and B combine to form Cというのは1つの定型表現と言ってもよいほどで,LDOCE5のDifferent amino acids combine to form proteins.などのように,物質の化学変化の説明によく用いられる。
 次は以下の例を見てほしい。

Beneath a ridge, solid material pushes upwards on the ocean centre like warm toffee. Some of it melts to form magma. Hot magma erupts and cools to make new rock. (GCSE Science: Froundation. p.64)

太字にした2箇所はいずれも結果を表すto不定詞である。そもそも主語が無生物であるから,意図性があるわけがない。そして,上の文の内容を以下のように表してみると,全体の流れをうまくつかんで表現していることがわかる。

solid material−(melt)→magma−(erupt and cool)→new rock

 さらにもう1つ。And if old species died out, might not new ones arise to replace them? (Alister McGrath, Science and Religion: A New Introduction. p.35)のような例もある。これも「目的」の意味で解釈することは,よほどanthropomorphicにならないかぎりは不可能だ。
 今後授業でふれることがあれば,Oxygen and hydrogen combine to form water.をぜひ例文として使うことにしよう。
19:26:00 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

何もしないで,何をするか

 いつのころからだろう? こんな光景をよく目にするようになったのは。つきあっていると思しき男女が飲食店に入ってくる。席に着くやいなや,2人とも携帯をとりだしていじりはじめる。おそらくはいちばん大切であるはずの相手が目の前にいるのに,その相手と会話しないのである。
 といっても,ありきたりのケータイ批判をしようというのではない。携帯はもちろんひとつの重要な要因ではあるのだが,もっと大きな「何か」が起こりつつあると感じてしまうのだ。それは,「何もしないこと」に対する耐性の低下である。
 最近の大学生は「お友達ごっこ」が大好きなようで,四六時中友だちといっしょにして,一人の時間を持てない,ないしは,持とうとしない。手帳の予定が空白だと不安になる,という話すら聞く。大人たちも「忙しさ自慢」で競い合ったりする。つまるところ,人生を「効率」で測り,時間を行為や行動で「埋めていく」ことこそが,充実した人生を生きることだと思いこんではいないだろうか。
 学ぶことにおいても,「作業」を量で測り,作業を多く行えばことが進捗しているのだと勘違いする。行為や行動で時間を埋めること,作業を量で測ること。どちらも実に貧しい発想だとぼくは思うのだが,世の中にはびこっている。
 結局,根っこにあるのは「効率至上主義」なのだろう。簡単に言うなら,【効率=成果/時間(または,労力)】である。この見方の最大の問題は,これに縛られると途中経過が楽しめなくなることではないか,と思う。
 途中経過から「ムダ」をなくすいちばん簡単な方法は,何もしていない時間を取り去ることである。そして実際,時間を行為・卯道で埋めるという習慣は,何もしていないことに対するある種の恐怖心と密接な関係があるように思われる。
 しかし,一見何もしていないように見えても,人間の内面では実に多くのことが生じている。「場」と向き合い,「自分」と向き合っているのである。それこそが本当にその「場」を楽しみ,「自分の存在」を楽しむということである。冒頭の例について言うなら,いちばん大切な相手と,同じ時間,同じ経験を共有していることこそが,楽しいことのはずなのだ。
 別の例を考えてみよう。読書の「楽しみ」はどこにあるか。仮に「読まなくても頭に入る」しくみがあったらどうだろうか。効率の観点から見ると,これほどすばらしいことはないとも言える。しかし,そこに読書の「楽しみ」はない。なぜなら,読書の楽しみの大半は「読む過程」にあるからだ。それにそもそも,そんなしくみができてしまったら,情報が頭に入っていること自体の「ありがたみ」もなくなってしまうのである。
 簡単なことだ。その場と向き合い,自分と向き合う。そういう時間をもっと大切にしてみてはどうだろうか。
09:29:40 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

01 April

手紙の道具たち

 「手紙という麗しき習慣」で,手紙に少し凝っている,という話をした。今回は,手紙に関する道具を紹介したいと思う。
 もちろん,まずは手紙を書く紙,つまりは便箋が必要だ。一般的な大きさの縦書き,横書きのもののほか,はがきサイズのもの,一筆箋など,さまざまなものがある。正式な手紙では,便箋1枚ですむ内容の場合,白紙を1枚つけるのだそうだが,ぼくはそもそも手紙の古い形式を守って書いているわけではないので,1枚ですむなら1枚だ。もっとも,そうした習慣があることも意識してか,伊東屋からは「一枚完結箋」というものが売り出されている。綴じておらず,バラの状態で売られている。はがきサイズからA4のものまである。
 一筆箋は本当に簡単な内容,たとえば,ごく簡単なお礼状などに使うもので,長形4号の封筒におらずに収まるサイズ。大きな文字なら3〜4行くらい書ける。時候のあいさつなどが省略できるから,書くのが楽だというのもある。そのような略式の手紙でも,ちょっとしたお礼をしたためれば好感を持ってもらえるだろうと思う。
 次は封筒ということになるだろうか。というのは,便箋や一筆箋とお揃いになっている封筒がけっこうあるからだ。別にお揃いでなくてもまったく失礼にはならないだろうが,便箋と封筒がお揃いだと,何となく印象も違うのではないだろうか。一般的な手紙の場合,うえで少しふれた長形4号が多いだろう。他に,はがきサイズのものもある。昔なら写真を入れるのによく使ったことだろう。
 便箋に手紙の文章を書き,封筒に宛名書きをするには,当然ながら筆記用具を使うことになる。毛筆か,そうでなければ筆ペンあたりがよいのだろうが,ぼくにはその心得はない。だからといって油性ボールペンでは事務的で味気ないと感じる。そこでぼくが使っているのが万年筆。特に手紙を書くためだけに使っているわけではなく,構想メモなども万年筆で書いているが,手紙用としてもちょうどよい。和紙の便箋や封筒でも,たいていはペン書きに対応している。また,ある店では水性ボールペンを勧めていたが,たしかに適度なにじみが出てよい。
 万年筆の利点の1つは,さまざまなインクが使えることだ。ぼくが好んで使っているのは,神戸のナガサワ文具センターのオリジナルインク「神戸INK物語」。パイロットからも「色彩雫(いろしずく)というシリーズが出ている。
 基本的にはこれで手紙が書ける。あとは切手を貼って出せばよい。最近は切手の種類も豊富だが,今回はこれにはふれないことにする。
 このほかに,手紙にアクセントを添える道具がいくつかある。比較的単純なのはシールだろうか。主に封をしたところに貼るのだが,便箋などをたくさん扱っている文具店に行くと,シールもいろいろなものが置いてある。あまりかわいすぎるのも困るけれども。便箋などをまとめるクリップにも,最近はかなりいろいろなものがある。ミドリのD-CLIPSがよく知られているのではないか。動物・乗り物や花の形をしたものがある。ちょうどこの時期にぼくが使っているのがさくらの花の形のもの。
 さらに,「文香(ふみこう)」というものまである。封筒に入れるお香のこと。古い時代,手紙にお香を焚きしめていた習慣の名残なのだとか。
 手紙はややこしい決まりごとが多くて敬遠されがちだ。もちろんそういう手紙もあってよいだろうが,もう少しインフォーマルでもよいから,気軽に手紙を書くようにするとよいと思う。そういう流れもあって,最近では便箋や一筆箋に横書きのものも増えている。特に万年筆の場合,縦書きだと書いた文字を手でこすってしまいやすいから,横書きのほうが都合がよい。
16:29:16 - yhatanaka - No comments - TrackBacks