院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

20 September

couldと「できた」

 He could catch the last train.は「彼は最終電車に間に合って乗れた」という意味にはならない。そうではなく,たとえば,「あの時すぐに出れば乗れる状況にあった」という程度の意味でしかない。この点について日本人学習者の誤用が多いのは,おそらくcouldを「できた」と対応させているからだろう。
 この点について,学習用英和辞典を見ると,たとえば『ジーニアス4』のcouldの[語法]欄には以下の記述がある。

[couldとwas able to]「(…する能力があり,それゆえ実際に)ある1回限りの行為をした,できた」場合はcouldは不可:I was able to [×could] pass my driving test.車の運転免許試験に通ることができた《◆I could pass ...という文単独では,「私なら[その気になれば]運転免許試験に通ることができるのに」などの意味になるのが普通;この場合couldは仮定法[※中略]was able to以外にmanaged to do,succeeded in doingも用いることができる。しかし「…できた」は英語ではI passed my driving test.のように単に動詞の過去時制で表すことが多い》

上記の解説中,「文単独では」は,前後の文脈が特になければということで,助動詞の過去形は仮定法で現在の意味を表すのが基本,と考えればよい。なお,この解説はもちろん妥当なものだが,「なぜ過去の1回かぎりの行為を表すのにcouldを用いることはできないのか」という問いに答えてくれるものではない。
 そこで,この問いに対する答えを示しておこう。意外と単純な話で,canの現在の意味をそのまま過去にずらしたからだと考えればよい。たとえば,You can catch the last train.という現在形の文を考えてみよう。言うまでもないことだが,これは行為の達成を意味しない。単に,たとえば「今から急いで走っていけば間に合う可能性がある」とを述べているにすぎない。これを過去に移動すれば,その意味は「その時急いで走っていけば間に合う可能性があった」であって,行為の達成の意味は,そういう間違いをする人がいわば「勝手にすべり込ませている」にすぎないのだ。
 そして,この誤解の原因は日本語の「できた」とcouldとを単純に対応させていることにある。日本語の「できた」には(おそらく)完了を意味する「た」が含まれているため,行為の達成が含意されるが(もっとも,日本語文法における「た」の扱いはもっと複雑だが),英語のcouldは,上述のとおり,達成を含意しないのでずれが生じているのだ。
15:04:08 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

09 May

形容詞の限定用法と叙述用法―記述英文法の課題

 記述英文法の果たすべき役割は何か。簡単に言うなら,形と意味の関連づけをし,言語現象を記述することである。その点で問題があると思われる概念の例が,形容詞の限定用法と叙述用法の区別ではないかと思う。
 多くの学習英文法書は,限定用法を「名詞を直接修飾する用法」,叙述用法を「動詞の補語になる用法」としている。この区別は,形容詞の意味・用法を説明するためのものであるはずだ。英語の形容詞は,この点から4つに分類することができる。

  1. 限定用法・叙述用法の両方で用いられ,意味の差の見られないもの。例:a beautiful flower / The flower is beautiful.

  2. 限定用法・叙述用法の両方で用いられるが,どちらで用いられるかによって意味の異なるもの。the present economic situation「現在の」/ These vitamins are present in small amounts in a normal diet.「存在している」

  3. 限定用法のみで用いるもの。例:a mere child / *The child is mere.

  4. 叙述用法のみで用いるもの。例:*an asleep baby / The baby is asleep.


 上の例からもわかるとおり,限定用法を名詞を前から修飾する用法と解しているかぎり,問題はない。しかし,名詞を後から修飾する場合を見てみると,混乱が見られるように思う。たとえば,『ロイヤル英文法Rev.』には,以下のような記述が見られる(§118-2-(6))。

(6) 叙述用法に近い場合
a baby asleep(眠っている赤ん坊)
[注]名詞の前後で意味の異なるもの:名詞の前に置かれる場合と後に置かれる場合で意味の異なるものがある。後に置かれるときには叙述用法の場合の意味になる。
all the people present(居合わせた人たちすべて)(=all the people who were present)cf.present members(現会員)

上記に関連して辞書の記述を見ると,たとえば『ジーニアス英和辞典4』ではasleepに[叙述]というラベルをつけ,語法解説で「限定用法ではsleepingを用いる。副詞を伴えば限定的にも用いる」として,a half-asleep child「半ば眠っている子供」という例を挙げているが,a baby asleepという形に関する言及はないし,a child fast asleep on the bedのような形がなぜ許容されるのかも,「限定用法=前からでも後からでも名詞を直接修飾するもの」ととらえているかぎりわからない。『ウィズダム英和辞典2』では,[叙述]といったラベルはなく,be 〜の形で用いるとしたうえで,children asleepという例を挙げ,名詞の前に置かないという点については,『ジーニアス』と同様の解説を加えている。
 これらの辞書の説明が足りない,と言いたいのではない。これは,辞書と文法書の役割分担の問題なのだ。文法書のほうで,名詞の後に置かれる形容詞は叙述用法である,とはっきり言っておくべきなのではないか。そのほうが,形容詞の意味・用法の記述としてより妥当なのだ。限定用法を「名詞を直接修飾する用法」,叙述用法を「動詞の補語になる用法」とするのは,単なる「名づけ」にすぎないのに対して,限定用法を「名詞を前から修飾する用法」,叙述用法を動詞の補語になる用法,および,名詞を後から修飾する用法」としたほうが,形容詞の意味・用法を説明しようとするならばより適切なのである。
 それでは,なぜ名詞を後から修飾する場合,形容詞は叙述用法の意味を持つのか。答えはすでに『ロイヤル英文法Rev.』の上で引用した記述にある。all the people presentはall the people who were presentのwho wereを削除したものなのだ。この操作は関係節の縮約と呼ばれるもので,安井稔『英文法総覧3』やQuirk et. al.A Comprehenstive Grammar of the English Languageでも紹介されている(ただし,限定用法と叙述用法の区別について,ここで述べているほどラディカルな記述ではない)。
15:24:20 - yhatanaka - No comments - TrackBacks