院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

11 December

研究計画書とは対話の産物である

 研究計画書は3層の対話によって生まれる。自己との対話,先達との対話,読み手との対話である。
 まずは自己との対話から始まる。自分が何を知りたいのか,それは何のためか,などについて,もう1人の自分に問いかけてみることが,研究の第1歩である。
 次に必要なのは先達との対話だ。研究という文脈において,この「先達」とは先行研究を意味する。この対話を通じて,どのように研究を進めていけばよいかがわかる。同じ対象について考えてきた人たちの言葉に耳を傾け,それにしたがって自分の考えを整理して次の疑問を持ち,また先達の言葉に耳を傾ける。場合によっては,自分の求めていた答えが見つかることもあるだろう。この場合には,ここで止まってしまうのでなく,さらに考えを突き詰めていくことで,もっと先に進めることも多い。
 研究計画書の場合には,さらに読み手との対話も必要だ。ここで言う「読み手」とは,志望大学院(の教員)である。自分のしたい研究をするのにいちばん適切なのはここですか,と問いかけながら考えることも大切だし,私についてあなた(=大学院)が知りたいのはこういうことですか,と考えることで,本当に書くべきことが何かが見えてくるはずだ。
 しかし,ここまでの対話はいわば「仮想」のもので,本当に1人で進めていくのはたいへんだと感じる人も多いだろう。そう感じて悩んでいる人のために,電子メールという限られた手段ではあるが対話の相手となるのが,ぼくの仕事である。
 以上を図解にまとめておいた。
13:15:33 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

22 July

研究計画書を書く本当の意味

 この時期,研究計画書が書けないと悩んでいる人は多いと思う。大学院入試に際して提出するこの書類だが,これを書く本当の意味をよく考えてみると見通しがよくなるはずだ。
 研究計画書が書けるかどうかは,その研究を大学院で行う「時」が熟しているかどうかで決まると言ってよい。つまり,その人が自分なりに研究,ないしはその前段階としての勉強を進め,1つの「限界」に達しているかどうか,大学院での研究という次のステップに進む段階に到達しているかどうかの指標なのだ。
 研究計画書を書く前にやっておくべきことは何か。言うまでもなく,自分がすべきことを明確にし,学問分野のなかでしっかり位置づけることである。このためには,自分の疑問が学問分野でどのように扱われているかを知っておく必要がある。
 もう少し具体的に説明しよう。まず,学問分野の現状を知るために,概説書を読もう。概説書を読むことで,自分の疑問が学問ではどのような言葉で語られ,どのような文脈でとらえられているかがおぼろげながらわかるはずだ。続いて,概説書の文献解題や参考文献表から興味のある文献を選んで読む。これによって,自分の疑問がだんだんと明確な「テーマ」になっていくだろう。また,そのテーマを研究するためにはさらにどんな勉強をし,どんな文献を読むべきかがわかってくる。
 このように自分なりに学びを進めていった結果,1つの「壁」にぶつかるようになる。この時こそ,より専門的に大学院で学ぶべき時だと言える。このレベルまで到達することこそ,研究計画書を書く本当の意味なのだ。
 短期間で研究計画書を書こうとする場合,上記の過程を集中的に行うことになる。そのために院試塾では「研究計画書作成指導」を行っている。メールのやりとりによって,ここで説明した過程を体験してもらい,レベルの高い研究計画書を作成するものだ。
 もしじっくり考える時間があるなら,「社会人のための大学院研究生活入門ゼミ」で徹底的にサポートする。最初は右も左もわからなかった人が,だんだんと理解を深めて研究に対する姿勢が芽生えてくるのを支援するのは,指導者としても大きな喜びだ。
09:13:49 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

03 April

研究計画書が書けないのはなぜ?

 研究計画書の作成で苦しむ人は多い。院試塾の「研究計画書作成指導」でも,特に最初の段階で書けずに悩む受講生が多い。
 それまで書けなかった人が書けるようになるきっかけは何か。本当の意味で「学問に目覚める」ことだとぼくは考えている。大学院入試を志すのだから,すでに学問に目覚めている,と思うかもしれない。しかしそうではない。このブログでも紹介した,刈谷剛彦『知的複眼思考法』のことばを借りるなら,「正解探し」の発想を続けるかぎり,きちんとした研究計画書は書けない。これまでの試験と同様,研究計画書にも何らかの「対策」があり,最低限の基準をクリアするための「マニュアル」があると信じている人には,大学院できちんと通用する研究計画を立案することはできないのだ。
 本来学問とは,自分で問いを立て,先人の知見を利用しながら自分で答えを出そうとする営みだ。最近では,学部段階までは問いを与えてもらえることが多い。だから,学部で中途半端に優秀だった人がかえって苦労する場合もある。
 問いを与えられることからまずは脱却しなければならない。もちろん,答えを教えてもらおうとか,答えにいたるプロセスを逐一示してもらおうなどと考えてはいけない。大学院では「自分で学問のできる人」が求められているのだ。
 自分で問いを立てるために必要なことは何か。自分の素朴な疑問にまずは敏感になろう。この素朴な疑問を,少しずつ具体化していく。必要に応じて文献を読みながら,自分の疑問に先人たちはどんな答えを出してきたか,その答えに自分は納得できるか,納得できないとすれば自分はどんな答えを期待しているか,といったところを考えていく。自分なりの答えを出すために,どんな学問分野で研究するのがよいか,どんな理論を用いるのがよいかを考えてみる。もちろん,学部までで学んだ内容も適宜参考にしてよいが,場合によってはそこからいったん離れることも必要になるかもしれない。
 この営みをごく簡単にまとめるなら,自分なりにギリギリまで努力する,ということになるだろう。ここから先は大学院という本格的研究の場で,教員の助言を得ながらでなければ進められない,というところまで到達しているのが理想だ。
 とにかく,学問と相当真剣に向き合い格闘した経験(もちろん大学院での研究に比べれば「幼稚」ではあるわけだが)に裏打ちされなければ,研究計画書は書けない。院試塾の「研究計画書作成指導」は,対話を通じてこのプロセスを支援し,一人で迷子になりそうなときに「こっちへ行ってみればよいのでは?」と助言するものだ。この指導を通じて学問と格闘した人たちの声(院試塾合格者コメント)にも耳を傾けてみてほしい。
00:00:49 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

05 March

「攻め」の研究と「待ち」の研究—研究計画書と興味・関心

 ある対象に本当に興味を持ったとき,どのような行動をとるだろう。はたして,他人から知識や情報が与えられるまで待っているものだろうか。それは本当に興味があるとは言えないのではないだろうか。
 研究計画を立てる場合にも同じことが言えるのではないか。本当に興味があるなら,自分でできる範囲のことは相当程度やっているのがふつうだ。たとえそれが「勉強」のレベルでしかなく「研究」にまでは到達していないとしても,かなりの程度まで自分で勉強するのではないだろうか。
 ところが残念ながら,実際には「大学院に入ってから…」と考えている人が多い。「攻め」の姿勢に対する「待ち」の姿勢と言ってよい。本当に興味があって,自分の研究だという意識があるなら,この状態にとどまっているのはおかしい。
 ぼくならこう考える。興味があると言いながらそれについて勉強していないのは:

  1. 実はそれほど興味があるわけではない

  2. 大学院に入って「教わろう」と思っている

  3. ある程度の勉強すら自分でする能力がない


のいずれかであろう。いずれにしても,大学院での研究生活には向かない。はっきり言ってしまえば,学部生でももっと高い意識で学んでいる学生がたくさんいる。
 「攻め」の研究を!!
20:13:05 - yhatanaka - No comments - TrackBacks

26 October

研究計画書の基本—「研究」の「計画」を書く

 院試塾の「研究計画書作成指導」でも常々言っていることで,このブログや「院試塾の現場から」ブログにも書いたが,研究計画書とは「研究」の「計画」を書くものだ。すべての基礎はここにある。これを図解で確認するとこうなる。

「研究」は主にテーマの説明で,「何を」研究するかを述べる。「計画」は研究の方法を述べるもので,「どのように」研究するかを説明する。きわめてシンプルではあるが,この点をしっかり確認したうえで作成を開始しなければ,焦点のずれた計画書になってしまう場合が多い。
 さらに「研究」と「計画」のそれぞれについて考えていこう。「研究」は主に研究テーマそのものについての説明となる。以下の図解のように,大きく3つの要素で考えるのがよいのではないだろうか。

まずはテーマの概略を説明する。テーマを構成するキーワードを中心に述べていくとよい。
 テーマの選定理由も説明する必要がある。これは「研究の意義」と言い換えてもよく,大きく3つの要素からなる。第1は,学問研究としてどのような意味を持つかである。学問の世界では,何らかの形で「新しい」ものしか意味を持たない。これを「新規性」と呼ぶ。自分の研究テーマが,学問的にどのような意味を持つか,すなわち学問にこれまでにないどんなものを新たに加えるのかを述べる必要がある。当然,これが言える段階まで検討作業を進めておかなければならない。
 研究の意義の2番目は社会的な意義である。自分が着手しようとしている研究にはどのような応用可能性があるのかを考える。純粋理論研究を行う場合でも,たとえばその研究が社会にどのような影響を与えるのかは考えておいたほうがよい。
 第3の要素は自分にとっての意義だ。研究テーマが自分のなかでどんな意味を持つのか,たとえば,長年感じてきた疑問を解決する,今直面している問題点を解消する,将来に役立てる,などについて考えていけばよい。
 「何を」については研究対象の具体的な説明も必要となる。対象を示すキーワードはすでに研究テーマにも含まれているだろうが,そのキーワードはあいまいにならずにきちんと対象を限定できているだろうか。対象の具体的な限定まではテーマには含まれていない場合が多いだろう。この点をきちんと説明しておかなければならない。
 「計画」,つまり「どのように」の説明には大きく2つの要素があると考えている。

1つは研究の具体的方法である。この点が煮詰まっていない研究計画書が実に多いのが現状だ。研究はどんな理論的枠組みで行うのか,対象についての調査・分析はどのような観点から,どんな方法論を用いて行うのか,研究完了までの具体的な道筋についてどのような見通しを持っているのか,などを述べる必要がある。
 もう1つの要素は先行研究だ。まず,自分の研究を具体的に位置づけるために,類似テーマを扱った研究に言及しながら,自分の研究がそれらとどのような関係にあるのかを自分なりに分析する必要がある。また,研究の方法論について参考となる研究,その方法論の原点となる研究や,具体的な方法を利用する研究を紹介する。また,修正や批判の対象となる研究についても言及する必要があるだろう。
 もちろん,ここに挙げたものがすべてではないが,これらをまずはきちんと考えたうえで,十分整理して述べなければならない。
 1つ注目してほしいのは,「背景」に関する記述をあえて含めていない点だ。背景についてまったくふれてはいけない,ということではない。しかし,背景の記述はあくまで添え物にすぎないのであって,「研究」「計画」の中心とはなりえない。背景から記述を始め,大半が背景記述に終始している原稿を目にすることはきわめて多い。背景の位置づけについて,「研究」の「計画」を述べるのが「研究計画書」である,という認識から十分に考えてほしいものだ。
21:17:55 - yhatanaka - No comments - TrackBacks