院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

研究計画書が書けないのはなぜ?

 研究計画書の作成で苦しむ人は多い。院試塾の「研究計画書作成指導」でも,特に最初の段階で書けずに悩む受講生が多い。
 それまで書けなかった人が書けるようになるきっかけは何か。本当の意味で「学問に目覚める」ことだとぼくは考えている。大学院入試を志すのだから,すでに学問に目覚めている,と思うかもしれない。しかしそうではない。このブログでも紹介した,刈谷剛彦『知的複眼思考法』のことばを借りるなら,「正解探し」の発想を続けるかぎり,きちんとした研究計画書は書けない。これまでの試験と同様,研究計画書にも何らかの「対策」があり,最低限の基準をクリアするための「マニュアル」があると信じている人には,大学院できちんと通用する研究計画を立案することはできないのだ。
 本来学問とは,自分で問いを立て,先人の知見を利用しながら自分で答えを出そうとする営みだ。最近では,学部段階までは問いを与えてもらえることが多い。だから,学部で中途半端に優秀だった人がかえって苦労する場合もある。
 問いを与えられることからまずは脱却しなければならない。もちろん,答えを教えてもらおうとか,答えにいたるプロセスを逐一示してもらおうなどと考えてはいけない。大学院では「自分で学問のできる人」が求められているのだ。
 自分で問いを立てるために必要なことは何か。自分の素朴な疑問にまずは敏感になろう。この素朴な疑問を,少しずつ具体化していく。必要に応じて文献を読みながら,自分の疑問に先人たちはどんな答えを出してきたか,その答えに自分は納得できるか,納得できないとすれば自分はどんな答えを期待しているか,といったところを考えていく。自分なりの答えを出すために,どんな学問分野で研究するのがよいか,どんな理論を用いるのがよいかを考えてみる。もちろん,学部までで学んだ内容も適宜参考にしてよいが,場合によってはそこからいったん離れることも必要になるかもしれない。
 この営みをごく簡単にまとめるなら,自分なりにギリギリまで努力する,ということになるだろう。ここから先は大学院という本格的研究の場で,教員の助言を得ながらでなければ進められない,というところまで到達しているのが理想だ。
 とにかく,学問と相当真剣に向き合い格闘した経験(もちろん大学院での研究に比べれば「幼稚」ではあるわけだが)に裏打ちされなければ,研究計画書は書けない。院試塾の「研究計画書作成指導」は,対話を通じてこのプロセスを支援し,一人で迷子になりそうなときに「こっちへ行ってみればよいのでは?」と助言するものだ。この指導を通じて学問と格闘した人たちの声(院試塾合格者コメント)にも耳を傾けてみてほしい。

posted at 00:00:49 on 04/03/06 by yhatanaka - Category: 大学院入試

コメントを追加

:

:

コメント

No comments yet

トラックバック

TrackBack URL