院試塾ブログ
インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

構造解釈と文脈

 英文読解の初心者から脱却するには,文脈を理解にどう反映させるかを習得しなければならない。しかし一般には,語→句→節→文→段落→文章と,ボトムアップで考えることからなかなか抜け出せない場合が多い。たしかに,このように「積み上げ式」に理解することは一見着実であるようにも見えるが,実際には文脈から細部が理解できる場合も多いのである。文脈から構造のあいまい性が解決できる例を見てみよう。

It is with some trepidation that I introduce a final term into the discussion: that of genius. I reserve this honorific label for those persons who not only are expert and creative but whose works also assume a [1]universal or quasi-universal significance. Within the scientific domains, it is individuals of genius, such as Isaac Newton and Charles Darwin, who discover principles of [2]universal significance. And within the artistic domains, it is individuals of genius who create works [A]that speaks to individuals from diverse cultures and eras. I would speculate that those works endure because [3]they capture some kind of truth about the human condition, often not in words. We are comfortable applying the epithet genius to Shakespeare, Goethe, Rembrandt, and Mozart because [4]their works have transcended their own era. Presumably individuals [B]from other cultures and eras also merit the term genius, but that determination must be left to those with the requisite knowledge and judgment. (Howard Gardner (2006) Multiple Intelligences: New Horizons. p.42 (italics in the original))

下線部[A]のfrom diverse cultures and erasが,一見したところspeakを修飾するのかindividualsを修飾するのかあいまいに感じられるかもしれない。これまでの指導経験から言うと,前置詞は副詞的に解釈する傾向が,特に初級・中級の学習者に顕著に見られる。このあいまい性はどのように解決すればよいだろうか。
 ボールドになっている部分に注目してほしい。[1][2]ともuniversalという語を含んでいる。また,[1]が科学者と芸術家についての総論的記述で,[2]が科学者についてのより踏み込んだ記述となっている。この[2}に対応して,芸術家について説明しているのが下線部[A]である。となると,普遍的な魅力を持つ作品を作り出した芸術家に関する記述であると考えられるから,from ...の前置詞句はindividualsにかかると判断しなければならない。また,[3]には人間の置かれた条件についての真理とあるから,これもやはり普遍的なものであるという意味合いをもつ。さらに[4]で時代を超越すると述べているのも関連づけて解釈すればよい。
 あわせて,下線部[B]も見ておきたい。このfrom ...の句は下線部[A]と共通の語を含んでいる。しかも,これは構造の点から見て直前のindividualsにかかる解釈しかない。
 下線部[A]のfrom ...の句のかかりかたに関するあいまい性は,この部分だけを見ていても解決できない。つまり,ボトムアップではうまくいかないのである。ボトムアップで読むというアプローチは,局所的な見かただけをすればよいという点ではたしかに魅力的である。しかし残念ながら,それだけでは正確な読みは保証されないのだ。このアプローチに安住している学習者は,自分の今のレベルを超えることは難しいだろう。しかし,この安易な方法についすがってしまう人が多いのもまた事実である。
 何のために英語を学んでいるのか,もう一度考えてみてほしい。学問研究の手段として使おうというのであれば,日本語なみに理解できなければダメなのだ。安易な方法に逃げ込んではならない。

posted at 20:24:54 on 03/20/08 by yhatanaka - Category: 英語

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