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インターネット大学院予備校代表・畑中泰道のブログ

永井明『適応上手』角川Oneテーマ21

 永井明さんは,ぼくが愛してやまない「もの書き」のひとりだ。最初に読んだのは,多くの永井ファン同様『ぼくが医者をやめた理由』だった。それ以来,ほとんどのものを読んできたと思う。中でも,比較的最近の『あやしい船医,南太平洋をゆく』と,今回紹介する『適応上手』は,「がんばらない」ナガイ・スタイルが明確に表れていて好きである。
 ぼく自身,書いているものや日頃の言動からは,「がんばる」ことを是とするタイプだと思われがちである。実はぼくの言っていることは,「目標があると言うならとことんがんばりなさい」「なりたい自分になるには努力が必要」というだけのことで,「とにかくがんばる」ことをよしとしているわけではない。むしろ,どちらかというと,がんばらず「のー天気」(あ〜,ナガイ節!!)に生きていきたいとつねづね考えている。
 さて,この『適応上手』という本だが,目次を見るだけでも,「不真面目のすすめ」「備えなし,憂いもなし」「都市生活のすべてがtoo much」といった魅力的な見出しが並んでいる。彼自身は自分のことを「一種の確信犯的『社会的不適応者』」だと言っている。あえて適応しないことによって「適応」しようというのだ。
 たとえば「『立場』という名の拘束衣」という項目がある。「立場へのこだわりから自由になるだけで,かなりの程度,気分的な負担から解放されるはずだ」「しかし実際には,彼ら[永井さんの周囲にいるサラリーマン]はむしろ自らすすんで『立場』という名の拘束衣を着ているように見える。それでは,自由な発想も元気の出ようもなかろう」というくだりがあるが,たしかにそういう人は多いように感じられる。そして,その「立場」のために,自分をさらに追い込んでいる人のなんと多いことか。「だいいち,立場にがんじがらめになって,身動きできないなんて,何だか悲しいじゃないですか」立場なんていうものは脱ぎ捨てて,もっと楽に生きようよ,楽しく生きようよ,と,いうことだ。
 彼のスタンスのなかでぼくが特に好きなのが,たとえばこうした記述に表れている。「おっしゃること[何よりも大切な命を預けているのだから,お医者さんにはしっかりしてもらわないと困る]はよくわかります。ただ,そんなに大切なものを人に預けちゃって大丈夫なのですか」Ivan Illichの思想をも思わせる,深い言葉だとぼくは思う。
 また,彼の友人のひとりのエリート社員のエピソードも気に入った。昇進はしたけど会社がちっとも楽しくない,と言っていたこの友人,しばらくして「年度末をもって退職しました」という知らせをよこしたという。その余白の言葉が強烈だ。「あー,すっきりした」仕事なんていやなことを耐えながらやるものだ,という考え方もあるだろうが,こんなふうに「すっきりした」と言える人生の切り替えって,なんてすばらしいだろうとぼくは思う。
 他人から評価されたい,と思っている人たちに,彼はこう言う。「百人中百人の評価をすべて勝ち取ろうとするほうがおかしいのではあるまいか。基本的に,他人がぼくのことをちゃんと評価してくれることはないと考えている」なぜか。「なんだか,とてもしんどそうだからである」そう。しんどいことはやめてしまえばよいのだ。そうまでしなくても,生きてはいける。まして,評価されないことが自殺になんてつながったら,悲しすぎるではないか。
 「しんどい」のがきらいな永井さんは,プライドに対してもこのスタンスをとる。いわく「なまじっかなプライドなどをもつと,しんどいだけのような気がしてならない」「そんなにムキになるほどのことか,とは思う」と言いつつ,「それ[プライドを守るために他の大切なものを犠牲にすること]で人生が楽しいなら,はたからとやかく言う筋合いのものではない」
 このように「成り行きまかせ,風まかせ」で「楽しいことはいいことだ」という生き方を示してくれるこの本。読んでいて心が楽になり,何となく勇気がわいてくるぼくも,やはり同類なのだろうか。

※なお,永井明さんは2004年7月7日に永眠されました。ご冥福をお祈りします。もっといろんな文章を読みたかった…。

posted at 15:42:37 on 09/26/04 by yhatanaka - Category: 読書録

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